駿河漆器


《駿河漆器の歴史》

 静岡の漆器「駿河漆器」の歴史は古く、今川時代に始まります。その後、三代将軍・徳川家光が浅間神社の造営にあたって諸国たちから招いた漆工たちが、 工後も静岡の地に永住しその技法を伝えたことで、駿河漆器の基礎が築かれたと伝えられています。以後静岡の地場産業として発展してきました。


《金剛石目塗(こんごういしめぬり)》

 金剛石目塗は初代硬忍(鳥羽清一)の漆器制作に砂を使うという画期的な発案にはじまります。それから試行錯誤が繰り返され、大正13年ついに独自の「砂の蒔地」(下地法)を完成させました。この技法の特長は、素地(木製品・乾漆など)に漆と良質の砂を使ってたいへん堅牢な下地層をつくることにあります。「砂の蒔地」は屋史的にも全国的にも金剛石目塗だけのものです。下地は塗物の基灘となる大切な工程です。しっかりした下地によって漆器は丈夫で長持ちするのです。金剛石目塗では砂の蒔地による下地層の上に漆を塗り重ね、ひとつひとつ丁寧に研いで磨いて仕上げています。


 こうして完成した漆器は美しい深みのある艶をもち、そのうえ熱や水にも強く実用的にもすぐれたものです。乾漆花瓶は砂の蒔地を応用発展させたものです。素地となる花雁の本体は硬い砂と強い麻を塗り固めて作っています。この本体にさらに砂の蒔地を施すことによって乾漆花雁も金剛石目塗となります。内側にも漆を何回も塗り重ねてありますので直接水を入れてお花を生けることができます。

【駿河漆器の登録・指定】

 伝統的漆器づくりの伝承・独創的技法の開発や日常生活における製品の実用性や美しさなどが高い評価を受け静岡県の無形文化財に指定されています。